「均衡とは程遠い状態」の蔓延

これは先の投稿でも書いたジョージ・ソロスの表現です。世の中が複雑化するに従い「均衡とは程遠い状態」が蔓延するのです。
ソロスは特に「金融市場の再帰性」がこれに関連していると指摘しております。
その後、ソロスの2006年の著作「世界秩序の崩壊」ー自分さえ良ければ社会への警鐘ーを読みました。これは先にご紹介した「ソロスの講義録」の原点になる著作です。
重複するところが多いので多少退屈を覚えましたが、「ブッシュへの宣戦布告」の経緯はソロスの哲学の原点を知る良い材料となりました。

世界の大物投資家であり、大富豪であるジョージ・ソロスがイラク戦争に異を唱え、ブッシュへの宣戦布告を公言した事実は大きな驚きでした。「将を射ようとすれば、まず馬を射よ」との格言を地で行く戦法で、チェイニーとラムズフェルドの攻撃に焦点を向けたのです。アメリカンデモクラシーの原点である独立宣言の「われわれは、これらの真理を自明と考える」は欺瞞に対して無防備であると云っております。また「民主主義は理性を信じる」こと自体が不愉快な現実との対峙を避ける傾向を助長したと指摘しております。

競争原理と価値観の矛盾に対峙するため、彼はカール・ポッパーの「オープンソサイエティー」を支持、これをアメリカンデモクラシーの欠陥とたたかう有力な手段としたのです。理性を信じる民主主義は、それに関与する人々の創造的エネルギー次第であり、それを信じる者は不完全な知識の積極的側面を信じなければならないこと、つまり創造性が何をもたらすか予測する方法はないのです。更に、彼らの思考の結果が何をもたらすかは予測がつかないのです。正にこのことが理念としての民主主義を非常に危険なものにしている要因です。

「オープンソサイエティー」の説明には100ページ以上を要するので詳述は避けますが、9・11やイラク戦争が民主主義のためと言いながら民主主義の破壊をもたらした事実こそが「均衡とは程遠い状態」であり、そのアンティテーゼが「オープンソサイエティー」なのです。私流に言い換えれば「複雑系の科学」です。

複雑系の科学を検索すると複雑系生命科学との関連が窺われます。生命の起源や脳科学に起因する説明を抜きにしては複雑系は語れないことが見えてきます。社会科学と自然科学の接点は唯一ここに求められるような感じがしてならないのです。いずれにしても「均衡とは程遠い状態」の蔓延を解く鍵は複雑系の科学に求められると云っても間違いではないでしょう。但しソロスは「社会科学は再帰性を含む不確定要因が避けられなくこれを自然科学の確定論と混同することは一種の欺瞞である」と主張しております。

ここでは抽象的表現を脱して、具体的な事例をあげて説明したいと思います。地球温暖化の原因が二酸化炭素の人為的拡散でありそれを抑制することが唯一の対策だとする論者と、それは事実を枉げるポジショントークであり事実は太陽の黒点の変動にあるとする主張との対立です。
2つの論者の主張をリンクをはって下記します。

https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/40.html

https://tanakanews.com/191115warming.htm

上記の前者の主張に立脚する論者は90%を超え、科学的にも証明された事実だと主張しています。後者は確かに少数意見で、とかく非常識で陰謀論に近いかもしれない。ところが最近田中宇氏の下記の論文が発表されると必ずしも無視できるものではない事に気づきます。

この「問題」の最大の難点(前者の主張)は、本当に人類の温室効果ガスの排出によって地球が危機的に温暖化しているのかどうか確認できないことだ。地球が温暖化しているとしても、その原因が人類排出の2酸化炭素でないなら、巨額の費用をかけて石炭石油などの利用を規制して2酸化炭素の排出を減らしても温暖化は止まらず、無意味な政策になる。人為と無関係に地球が温暖化している場合、温暖化の原因は、太陽活動の変化など地球と太陽にまつわる周期的な変動である可能性が高く、それだと地球の気候は一定周期で温暖化と寒冷化を繰り返してきたわけで、今から何十年か先に温暖化で人類が滅亡する可能性はほぼゼロだ。

田中宇氏の論点

私の見解では、前者の主張のうち、田中宇氏が指摘しているようにその大半がポジショントークかもしれない。しかしデーター(事実)に基づいた科学的論証があることも否定できない。要は理由が如何にせよ温暖化の事実が存在することは両者に共通な認識です。「均衡とは程遠い状態」と言っても事実だけは尊重されなくてはならないと思うのです。今年の15号・19号台風は熱帯の温度上昇で大型台風の発生し、その台風は日本近海に接近した際その海水温度が平年より2度も高く、従来のようにはほとんど勢力が減衰せず、瞬間風速が50m~70mとなり甚大な被害を及ぼしているのです。

台風15号が千葉県・南房総を襲った惨状の報告を聞きました。最大風速57.5m電柱2000本と山中の送電線鉄塔2基が倒壊し93万戸が停電、鴨川市ではその後の災害も含め13日間の停電に悩まされたと言います。エリア内の電柱は600万本に及びその規格は風速40mの耐性しかなく、耐用年数に達するものが大半だと聞けば呆然とするばかりです。

東電の送電設備の予算は14年前の4分の1に縮減され、2018年には3000人の人員整理が行われております。千葉県内の固定電話3.1万回線のうち1.9万回線が不通となり、携帯電話の基地局も停電の影響で不通となったそうです。このため通信手段が全滅となり電力会社の工事要員がせっかく訪れたがどこから手を付けたらよいかわからず空振りで戻ってしまったと云う事例もあったのです。

停電の影響はこれにとどまらず、給水ポンプの停止で水道の断水、道路の信号が機能せず、高速道路のゲートが開かないETCが読み取れない、電光掲示板は点かず、高速道路が閉鎖される、ガソリンスタンドは給油ポンプが機能せず給油停止等々、現地の報告を聞くと絶望感さえ覚えます。来年もこんなことが繰り返されるかと思うと尚更です。

一方原因追求も重要で、それを疎かにすれば対策も不十分となるでしょう。そう考えれば対策のために有利なポジショントークは許されるべきかもしれません。ソロスの哲学の基本は社会科学は誤謬を含む危険性を内包しており、自然科学のように法則とか常識とかがまかり通る世界ではないのです。近年の日本の政治・経済について考えるとき、特にソロスの哲学が現在に通ずる貴重な示唆を与えていることに気付かされます。昨今の日本の政治情勢は、9.11からイラク戦争の時代にブッシュ政権が行った、「民主主義を笠にかぶった民主主義の破壊」と似た状況ではないでしょうか。