キッシンジャー&習近平

この表題はブーメランの代表的な事例を挙げたもので、成熟した社会、あるいは行き詰まった社会では随所にこのブーメラン現象が現れてくるわけです。

ブーメランは、成熟に伴う構造的矛盾を表面化させ、内部から構造改革の動きが自然発生し、その動きを加速させる社会現象だとも云えます。成熟社会の支配層があまりにも強大な権力を持つようになり、自らつくったルールを自からの都合で破壊するようになり、利権や腐敗がまかり通り被支配層の不満が鬱積した状態のもとで、マグマのように溜まった状況の中で起こりうる現象だとも云えます。

グローバル化の中で米国の覇権が世界を席巻していた状況にいよいよ変化の兆しが見えてきたのです。先週の投稿でも、世界の生産や先端技術において中国の台頭がめざましく、米国に危機感が高まっていることを、具体的事例を挙げて説明したところです。

折しも、世界の政治的オピニオンリーダーと看做される、米元国務長官・ヘンリー・キッシンジャー氏が最近発表した次のメッセージが注目をあびております。

「中国の台頭により、米国はもう中国を倒せない状態になっている。米国は世界的な単独覇権を維持できなくなった。米国と中国は競争しつつ共存していかざるを得ない。米中の完全な和解はないだろうが、決定的な対立もできない。米国が覇権維持のため中国を倒そうとすると、米中間が第二次大戦よりもひどい戦争になる。米国は単独覇権体制をあきらめねばならない。これは恒久的な状態だ」という趣旨を発言したのです。

米中貿易戦争の中で、中国封じ込めが崩れてきている具体的事例を追加せざるを得ません。
中国の輸出物件が台湾経由で急速に膨らんでいるのです。米国向けはもちろんのこと、制裁義務を課せられたヨーロッパ各国に対してもです。

台湾では、台湾での付加価値が30%以上の製品は米国の輸出規制には該当しないとされているのです。それが先ず第一の抜け穴で次に第二の抜け穴があるのです。それは日本にもある特区の存在です。この特区を経由すれば付加価値の制約など関係なく輸出されるのです。
皮肉なことに、これで米国自体が助かっている状況が生まれています。これこそブーメランと云わずして、なんと云ってよいのだろう。

日本に目を移せば、日銀の超金融緩和がブーメラン現象を引き起こしています。超低金利で市中銀行の預金と貸し出しの金利差「利ざや」が縮小し、銀行の収益力が低下しているほか、マネーロンダリング対策などのコストも増えていることが、「取引のない口座に手数料」問題となっております。

三菱UFJ銀行が2年間取引のない口座を対象として2020年10月から年1200円を徴収する案を軸に調整しており、こうした手数料は大手銀行も追従する可能性があると報じられております。手続き的に困難もあり2020年からは無理だと云う見方も出てはおりますが、遅れることはあってもやらざるを得ない事情を抱えているのも事実です。
地方銀行は更に厳しく、既に条件付きで実施に踏み切った銀行が7~8行あると9日のテレ朝・モーニングショーでも報じておりました。

加えて超低金利と産業の衰退で貸出先を失った銀行は投資先がなくなり、金利の高い外国のジャンクボンドに手を出さざるを得ない状況なのです。ここで景気の悪化が表面化すれば金融機関が潰れ、連鎖して業態の悪い企業の倒産が増えることは不可避でしょう。

この状況を見てなのかは分かりませんが、政府は5日の臨時閣議で経済対策歳出7兆6000億を決めました。国の補助を受けた民間の負担分も含めた事業規模は26兆円に及ぶと報じられております。経済対策の支出約13兆円のうち主役は公共事業で「緊急性なきバラマキ」との批判も出ております。

薔薇マーク運動と云うのが左派勢力から出ており、財政支出を大幅に増やし公共事業を活発化させ生活困窮者を救えと云うものでした、この運動には共産党からも10名近くの議員が賛同者に名を連ねていると云うことは以前の投稿でもご報告したところです。
政府は正にこのMMT政策を先取りしたのではないかとも思われます。大手ゼネコンは都心の仕事が増えても人手が足らず対応に苦慮しているなか、中小建設業では大手に人手が回され我々中小には人が回ってこないと云うのが現場の実態です。
もしかしたら、実現不可能と分かりながら、この政策をポピュリズムのため提示しているのではないでしょうか?選挙目当てなのかもしれません。だとすれば、この派手な花火を打ち上げておいて解散総選挙と云う作戦も見えてきます。来年は慌ただしい年となりそうです。

内閣府が12月6日発表した10月の景気動向指数は、景気の現状を示す一致指数が前月比5.6ポイント下落の94.8でした。下落幅は東日本大震災があった2011年3月(6.3ポイント)以来、8年7ヶ月ぶりの大きさでした。消費税増税の影響もあるが、特に小売業と卸売業の商業販売額の落ち込みが大きく指標に影響しております。

政府は「景気は緩やかに回復している」との判断を維持しており、景気動向指数とのズレが明らかです。民間エコノミストは11月12月も「悪化」になると見通しており、景気は不安定な状況が続きそうです。来年は大きなブーメランが起こり「忖度」が効かなくなる可能性が非常に高いと推測されます。

最後に指摘しておきますが、中国でも強権的な政治姿勢に対するブーメランは起きており、日本と同じく「忖度」の効果が衰えていく方向に向かっていく傾向が出てきているのは同様です。これは全世界でおこっている動きです。

金融危機に対する生活防衛は自らの課題です。どう対処したらよいか、真剣に取り組むかどうかによって危機の影響が変わってきます。私自身が模索中ですが、役に立つと思われる情報だけは極力ご提供していくつもりです。

付記:肝心なことを書き忘れましたので付記いたします。

「忖度」のブーメランがこれから起きてきます。忖度とはもともと忖度される側から指示されて行うものではありません。気を利かせてやるものです。

そうすると忖度の広がりは、忖度者の質が落ちてくる運命にあるのです。つまり「忖度バカ」が現れるのです。下へ行けば行くほど権力者の意向に反する言動も現れます。これが「忖度迷惑」と云うものです。こうして権力者は致命的な結果を招き入れる結果になります。

中には「忖度知能犯」も現れます。つまり忖度するような格好をして、意図的に権力者を陥れ、致命傷を与えるのです。

今回の結論、ブーメランが社会を変えます。もしかしたらキッシンジャーもブーメランかもしれません。

これは先の投稿でも書いたジョージ・ソロスの表現です。世の中が複雑化するに従い「均衡とは程遠い状態」が蔓延するのです。
ソロスは特に「金融市場の再帰性」がこれに関連していると指摘しております。
その後、ソロスの2006年の著作「世界秩序の崩壊」ー自分さえ良ければ社会への警鐘ーを読みました。これは先にご紹介した「ソロスの講義録」の原点になる著作です。
重複するところが多いので多少退屈を覚えましたが、「ブッシュへの宣戦布告」の経緯はソロスの哲学の原点を知る良い材料となりました。

世界の大物投資家であり、大富豪であるジョージ・ソロスがイラク戦争に異を唱え、ブッシュへの宣戦布告を公言した事実は大きな驚きでした。「将を射ようとすれば、まず馬を射よ」との格言を地で行く戦法で、チェイニーとラムズフェルドの攻撃に焦点を向けたのです。アメリカンデモクラシーの原点である独立宣言の「われわれは、これらの真理を自明と考える」は欺瞞に対して無防備であると云っております。また「民主主義は理性を信じる」こと自体が不愉快な現実との対峙を避ける傾向を助長したと指摘しております。

競争原理と価値観の矛盾に対峙するため、彼はカール・ポッパーの「オープンソサイエティー」を支持、これをアメリカンデモクラシーの欠陥とたたかう有力な手段としたのです。理性を信じる民主主義は、それに関与する人々の創造的エネルギー次第であり、それを信じる者は不完全な知識の積極的側面を信じなければならないこと、つまり創造性が何をもたらすか予測する方法はないのです。更に、彼らの思考の結果が何をもたらすかは予測がつかないのです。正にこのことが理念としての民主主義を非常に危険なものにしている要因です。

「オープンソサイエティー」の説明には100ページ以上を要するので詳述は避けますが、9・11やイラク戦争が民主主義のためと言いながら民主主義の破壊をもたらした事実こそが「均衡とは程遠い状態」であり、そのアンティテーゼが「オープンソサイエティー」なのです。私流に言い換えれば「複雑系の科学」です。

複雑系の科学を検索すると複雑系生命科学との関連が窺われます。生命の起源や脳科学に起因する説明を抜きにしては複雑系は語れないことが見えてきます。社会科学と自然科学の接点は唯一ここに求められるような感じがしてならないのです。いずれにしても「均衡とは程遠い状態」の蔓延を解く鍵は複雑系の科学に求められると云っても間違いではないでしょう。但しソロスは「社会科学は再帰性を含む不確定要因が避けられなくこれを自然科学の確定論と混同することは一種の欺瞞である」と主張しております。

ここでは抽象的表現を脱して、具体的な事例をあげて説明したいと思います。地球温暖化の原因が二酸化炭素の人為的拡散でありそれを抑制することが唯一の対策だとする論者と、それは事実を枉げるポジショントークであり事実は太陽の黒点の変動にあるとする主張との対立です。
2つの論者の主張をリンクをはって下記します。

https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/40.html

https://tanakanews.com/191115warming.htm

上記の前者の主張に立脚する論者は90%を超え、科学的にも証明された事実だと主張しています。後者は確かに少数意見で、とかく非常識で陰謀論に近いかもしれない。ところが最近田中宇氏の下記の論文が発表されると必ずしも無視できるものではない事に気づきます。

この「問題」の最大の難点(前者の主張)は、本当に人類の温室効果ガスの排出によって地球が危機的に温暖化しているのかどうか確認できないことだ。地球が温暖化しているとしても、その原因が人類排出の2酸化炭素でないなら、巨額の費用をかけて石炭石油などの利用を規制して2酸化炭素の排出を減らしても温暖化は止まらず、無意味な政策になる。人為と無関係に地球が温暖化している場合、温暖化の原因は、太陽活動の変化など地球と太陽にまつわる周期的な変動である可能性が高く、それだと地球の気候は一定周期で温暖化と寒冷化を繰り返してきたわけで、今から何十年か先に温暖化で人類が滅亡する可能性はほぼゼロだ。

田中宇氏の論点

私の見解では、前者の主張のうち、田中宇氏が指摘しているようにその大半がポジショントークかもしれない。しかしデーター(事実)に基づいた科学的論証があることも否定できない。要は理由が如何にせよ温暖化の事実が存在することは両者に共通な認識です。「均衡とは程遠い状態」と言っても事実だけは尊重されなくてはならないと思うのです。今年の15号・19号台風は熱帯の温度上昇で大型台風の発生し、その台風は日本近海に接近した際その海水温度が平年より2度も高く、従来のようにはほとんど勢力が減衰せず、瞬間風速が50m~70mとなり甚大な被害を及ぼしているのです。

台風15号が千葉県・南房総を襲った惨状の報告を聞きました。最大風速57.5m電柱2000本と山中の送電線鉄塔2基が倒壊し93万戸が停電、鴨川市ではその後の災害も含め13日間の停電に悩まされたと言います。エリア内の電柱は600万本に及びその規格は風速40mの耐性しかなく、耐用年数に達するものが大半だと聞けば呆然とするばかりです。

東電の送電設備の予算は14年前の4分の1に縮減され、2018年には3000人の人員整理が行われております。千葉県内の固定電話3.1万回線のうち1.9万回線が不通となり、携帯電話の基地局も停電の影響で不通となったそうです。このため通信手段が全滅となり電力会社の工事要員がせっかく訪れたがどこから手を付けたらよいかわからず空振りで戻ってしまったと云う事例もあったのです。

停電の影響はこれにとどまらず、給水ポンプの停止で水道の断水、道路の信号が機能せず、高速道路のゲートが開かないETCが読み取れない、電光掲示板は点かず、高速道路が閉鎖される、ガソリンスタンドは給油ポンプが機能せず給油停止等々、現地の報告を聞くと絶望感さえ覚えます。来年もこんなことが繰り返されるかと思うと尚更です。

一方原因追求も重要で、それを疎かにすれば対策も不十分となるでしょう。そう考えれば対策のために有利なポジショントークは許されるべきかもしれません。ソロスの哲学の基本は社会科学は誤謬を含む危険性を内包しており、自然科学のように法則とか常識とかがまかり通る世界ではないのです。近年の日本の政治・経済について考えるとき、特にソロスの哲学が現在に通ずる貴重な示唆を与えていることに気付かされます。昨今の日本の政治情勢は、9.11からイラク戦争の時代にブッシュ政権が行った、「民主主義を笠にかぶった民主主義の破壊」と似た状況ではないでしょうか。